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開港初期

横浜といえば海。そして港。横浜は昔、外国と日本を繋ぐ窓口として東京に継いで栄えました。
その背景には1854年ペリーの二度目の来航で結んだ『日米和親条約』をはじめとしてアメリカ、オランダやロシア、イギリス、フランスとも通商条約が結ばれ、1859年の7月1日に開港しました。
開港当初は生糸・茶・海産物を輸出し、絹織物・毛織物が輸入されていました。

開港中期

政府は次第に横浜港へ力を入れ始め、日本で第一の国際貿易港として貿易の幅を広げていって横浜。
しかし、時は経ち1923年。関東大震災により横浜港の施設などは無惨にも壊れてしまいました。
港だけではなくもちろん家屋なども崩壊してしまい、復旧の目処がついたのは1929年(昭和4年)。
6年もの時を経て復旧してきた横浜ですが、わずか16年後の1945年(昭和20年)。
第二次世界大戦、横浜大空襲により更なる打撃を受け、終戦後も連合軍により港が接収され復旧などにも大きなダメージを受けました。

中期から現在の港

第二次世界大戦より4年後の1949年、貿易は開始され、後に横浜港は外国貿易額や入港船舶トン数、取扱貨物量が戦前の記録をも上回り、更に新たな港計画などが出される程まで安定していきました。1964年の東京オリンピックでも横浜港は客船の来航などにも活躍しました。
現在も変わらず日本の貿易の柱の一つですが、みなとみらい21、大桟橋、マリンタワー、山下公園、ベイブリッジなど横浜港周辺の施設が数多くでき、観光客にも大変人気なスポットとなっています。
二度目のペリー来航から150年弱経つ横浜港の歴史。現在の横浜はペリーなくして語ることのできないものでしょう。21世紀に入り間もない時代、これからどのような発展と歴史が待っているのでしょう。

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